
昔から門前の總持寺(そうじじ)では、大勢の坊さまが修業をされていましたが、その中に、了念(りょうねん)という小僧がいました。寺で小僧である了念の仕事といえば、みそすりと庭そうじでした。
了念は、毎朝みそ蔵の豆をすりばちに入れ、ゴリゴリとみそをすりました。たくさんの坊さまのみそ汁に使うので、その量といえば大変なものです。
みそすりが終わると、次は庭そうじ。これも広い広い庭で大仕事です。了念はいつもそうじの最後に、お地蔵さまもきれいにしてあげました。そして、お地蔵さまに自分の夢を語り続けたのです。「お地蔵さま、わたしは一度でよいから善光寺まいりがしたいんです。」と。そんなある日のこと。了念の姿がとつぜん寺から消えてしまいました。
ところが、了念の姿が消えた日から、みそ蔵では見たことのない小僧が、慣れない手つきでみそすりをしているではありませんか。不思議に思った坊さんたちがたずねても、小僧は顔や手をみそだらけにしてニコニコしているだけでした。
そして数日後―。満足顔をした了念が寺に帰ってくると、蔵でみそすりをしていた小僧はいなくなってしまいました。
「了念!どこに行っておった。おまえがいない間、みそすりをしていたあの小僧は一体だれじゃ。」坊さんたちがいくら問いただしても、了念は口をつぐんでいました。
しかしあくる日の朝、坊さんの一人がふと庭を見ると、何とそこには顔や手にみそをいっぱいつけたお地蔵さまがおられるではありませんか。了念はもう正直に話しました。「お地蔵さまがみそすりを代わってくださるというので、善光寺に行ってまいりました。」これを聞いて、寺の坊さんたちもようやく合点がいったようです。
それから總持寺のお地蔵さまは、「みそすり地蔵」と呼ばれるようになったとさ。
■總持寺の「みそすり地蔵」・・・・・・・・・・輪島市(旧門前町)・門前
總持寺祖院は、元亨元年(1321)に開かれ、中世曹洞宗の中心的な寺院として栄えた古刹です。明治31年の大火で境内の大部分が焼失してしまい、本山は移されましたが、焼失をまのがれた伝燈院や慈雲閣、再建した山門や堂宇などが、今もなお荘厳な趣きを伝えています。そして、その境内では今もひっそりと佇む「みそすり地蔵さま」が、穏やかな微笑を浮かべています。 |
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