
源平合戦のころ、平家の落武者で谷坂小平次という者が、内浦の浜辺にたどり着きました。小平次は、ここで刀を捨てて農家になりますが、そのころからこの浜辺を「小平次の里」と呼ぶようになりました。このお話は、それからさらにときがたってからのことです。
昔、内浦に、助三郎という一人の若者がいました。釣りの好きな助三郎は、いつも「小平次の里」で磯釣りをしていました。また、内浦には、鍋乃という美しい娘がおり、ある日、潮干狩りをしていた鍋乃は、あやまって海に溺れかかったところを、助三郎に助けられました。やがて二人は深い恋仲となり、この「小平次の里」で落ち合うようになります。
月のない暗い夜。鍋乃は、かがり火をたいて助三郎に居場所を知らせ、二人は人目を忍んで逢瀬を重ねました。しかし、そんな鍋乃に想いをよせる、源次という若者がこれを知ってしまったのでした。源次は、二人の仲をねたむあまり「助三郎さえいなければ」と、ある策略をくわだてます。
それは月のない暗い夜。源次は、崖のはずれにかがり火をたきました。何も知らず、火に近づいた助三郎は、崖から足を踏みはずし、あっというまに深い海に沈んでしまいました。そして、これを知ってなげき悲しんだ鍋乃もまた、自ら海に身を投げてしまうのです。
それから、ときがたち「小平次の里」の小さな観音堂に一人の老僧が住むようになりました。不思議なことに、それからこのお堂に参拝すると、しばしば男女の仲が取り持たれることが起き、いつしか「縁結びの観音堂」で知られるようになりした。
鍋乃が命をたった後、自分の過ちを悔いた源次は、仏弟子となって二人の菩提をとむらいながら諸国を修行したといいます。若き日々の過ちを改心した老僧の源次が、故郷に帰ってこのお堂に住み、男女の仲を取り持ったのかどうかはいざ知らず。それから「小平次(こへいじ)の里」は「恋路(こいじ)」と呼ばれるようになったとさ。
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■ 恋愛成就の「ラブロード」・・・・・・・・・・能登町(旧内浦町)・恋路
穏やかな波打ちよせる内浦の美しい海岸線に、今も伝えられる悲恋伝説。二人のブロンズ像や観音堂、幸せの鐘のモニュメントなどが立つ恋路海岸は、最近ではラブロードとも呼ばれ、恋人達の橋渡しともなっています。
また、助三郎と鍋乃が海に沈んだのが観音の縁日であったとされ、前夜、二人を偲ぶ「火祭り」(7/17)が行われます。恋路海岸には松明がたかれ、観音堂をでたキリコが海に入って乱舞します。 |
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