
とんと昔、柳田の村に、岩井戸と呼ばれる洞窟がありました。海から数里も離れているのに、潮の干潮があったり、イカが跳ね上がってきたりと不思議なことが起きる洞窟でした。そして、この岩井戸にいつからか、猿鬼が住みつくようになりました。
猿鬼は、毛むくじゃらで頭には角がはえた怪物で、輪島から柳田一帯で悪さをしていました。それがこの岩井戸に住みつき、家畜に悪さをし、村人にも危害を加えてきました。
やがてうわさは神々の耳にも入り、出雲大社の八百よろずの神々で話し合われた結果、気多大明神を大将に、大幡神杉姫を副将に、猿鬼退治にでることになりました。
神さまたちは、猿鬼が岩屋からでてきたところをねらい、数千本の矢を打ち放ちました。ところが、猿鬼はその矢を手足で器用につかみ取り、投げ返してきたのでした。しかも、矢は猿鬼の体から、つるーつるーとすべってしまうではありませんか。どうやらカシコイ猿鬼は、山から取ってきた漆を体中にぬっているようでした。
神様たちはいったんもどって作戦をねり直し、そして再び猿鬼退治にでるとき、その腰には“筒矢”をつけていきました。矢はやはり猿鬼の体をすべってしまい、気多大明神はあえなく目をねらって打ちました。こんどは竹の筒から矢が飛びでる筒矢でしたから、一本目はねらい通りに猿鬼の左の目を当たり、二本目は右の目を射ぬきました。両目を射られた猿鬼はあわてて逃げまどいますが、後を追う大幡神杉姫の手には、三条宗近の名刀がぬかれていたのでした。
名刀が猿鬼の首を討ち取ったあとには、真っ黒な血がずーっと川となって流れだしました。この真っ黒な川が流れたところが「黒川」、矢が当たったところが「当目」、猿鬼が傷ついた両目を車前草(おおばこ)で洗ったところが「大箱」となりました。そして、村人が猿鬼の霊をなぐさめるために建てたほこらが、今の当目の「岩井戸神社」なんだとさ。
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■猿鬼伝説の舞台「岩井戸神社」・・・・・・・・・・能登町(旧柳田村)・当目
柳田村には、猿鬼伝説にまつわる地名などが数多く残ります。中でも「岩井戸神社」は「猿鬼の宮」とも呼ばれ、猿鬼伝説の舞台として有名です。神社の境内には、かつて猿鬼が住みついたという伝説の洞窟「岩井戸」(岩屋堂)があります。この洞窟は、輪島の曽々木海岸にほど近い「白崎」へ抜けると伝えられ、たび重なる災害でふさがれましたが、今もあたりに神秘的な雰囲気を漂わせています。 |
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